


湖月は1967年から続く、
東京・青山の日本料理の店です
春は京都の竹の子、夏にはハモや鮎、
秋には土瓶蒸し、冬にはかぶら蒸しなど
旬の食材を、熟練の技と心を込めて
滋味あわれ心温まるお料理をお出しするよう
心掛けております
カウンターとお座敷の小さなお店ですが
あたたかくお客様をお迎えいたします
皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております




※英語での料理説明、サービスもいたします。お気軽にお申し付けください。
※重要なお知らせ※
いつも湖月をご利用いただきまして誠にありがとうございます
湖月は1967年より営業して参りましたが2026年6月末に閉店する予定でございます
今までたくさんのお客様においでくださり感謝の気持ちでいっぱいです
閉店後は奄美大島に移住して小さな店をやる計画を立てています
閉店日までは通常通り営業いたしますので
今後とも変わらぬご愛顧を賜りますようお願い申し上げます
最新情報はInstagramにて投稿いたします

5月のお品書き
※季節限定のコー ス・アラカルト・ランチ贅沢コースはお電話かInstagramのDMからご予約くださいませ。

先代夫婦がここ東京・青山に店を構えたのは1967(昭和42)年。
ルーツをたどるなら、さらに遡ること10余年。
昭和30年代半ばにドイツのハンブルグのアルスター湖湖畔で開いた
日本料理の店が「湖月」のはじまりと聞いています。
今でこそ海外の日本料理店は珍しくありませんが、
当時はまさに先駆けであり、ヨーロッパでは二番目か三番目に
開業した日本料理レストランだったそうです。
店の名である「湖月」は、ゆかりのあるアルスター湖と
先代の出身地・京都に近い琵琶湖、
そして先代主人が好きだった「月」を合わせて「湖月」となりました。
1996年に先代主人が亡くなり、1997年より私が料理長として
先代女将とともに湖月を続けて参りました。
2012年に先代女将の引退に伴い、私が「湖月」の暖簾を引き継がせていただきました。
「湖月」は、おかげさまで皆様に愛されて50余年。
これからもたくさんのお客様へ、心づくしのおもてなしを
お楽しみいただきたく存じます。
私が料理人になろうと思ったのは、高校生のときにラーメン屋で読んだ漫画、名作の呼び名高い『ザ・シェフ』がきっかけです。クールな天才料理人が料理を通じてさまざまな難題に立ち向かうのですが人間味のあるストーリーや主人公がとても魅力的だったのを覚えています。もともと小さいころから、ものづくりに興味があり、何かを作りたい、手や体を使う仕事に就きたいなと思っていたので料理人になることは自然な流れだったのかもしれません。
高校卒業後、大阪の調理師専門学校で学び、調理師免許を取得しました。当時は学校に通いながら、なんばの高級おでん屋でアルバイトに明け暮れる日々。漫画さながらフランス料理の道に進むつもりでしたが、このときのバイト先の料理長に日本料理の素晴らしさを説かれたことが、私の人生の大きな岐路だったように思います。
最初の修業先は、日本料理の最高峰「吉兆」です。東京の本店といわれる銀座店は、料理の技はもちろん、器、食材選び、いらっしゃるお客様もそうそうたるものでした。駆け出し当初の仕事は、文字どおり修行そのもの。早朝の掃除にはじまり、言いつけられる仕事に追われ1日の終わりが来ないような…、とても厳しいものでした。
やがて異動となった「正月屋吉兆」では環境が一変。百貨店内の店舗だけあり、お客様の入れ替わりも目まぐるしく、それだけに活気があり、若い私にはとても刺激的でした。吉兆で学んだ「最高」を見極める目と技、接客の妙こそ現在の私の基盤を作ってくれていると思います。
もう一つの転機は、趣味の海外旅行です。ひょんなきっかけから25歳のときに青年海外協力隊の日本料理講師としてシリアに派遣されたことです。文化、歴史、宗教、民族、気候など日本にいては決して触れられない土地の空気を肌で感じることで、異国の地から日本をあらためて見つめる機会を与えられました。
離れたからこそ実感できた日本文化のすばらしさ。いま、海外の方からも注目される日本の伝統、日本のおもてなしを料理を通じて少しでも多くの方に伝えることができればと思っています。



